2008年11月06日

小室哲哉、詐欺容疑で逮捕

 Self Controlの頃からのTMの、小室のファンだったので、全くやるせない気にさせるニュースだ。あえてwebのニュース記事へのリンクは張らないが、小室哲哉が既に手放してしまった自分の楽曲の著作権を自分のものかのごとく思わせ、それを譲る形で5億円の詐欺を行ったらしい。主犯格なのか、結果として詐欺になってしまったのか、細かい点は知る気もないが、過去の頂点時代からの凋落ぶりを印象づけるニュースだ。どういう経緯であれ、本当に犯罪を起こしてしまったのなら、何らかの形で償うしかない。

 それはさておき。この「(かつての)大物プロデューサの逮捕」というセンセーショナルなニュースに付随して、必ず付いて回る意見がある。つまり、彼の音楽は大量生産・大量消費の産物、メディアで仕組まれたブームに載せられただけの楽曲、ブームが去れば心に残る物など何もない、メディアに露出し過ぎた浅薄な音楽・・云々、という評。確かに大量に売れたし、メディアが仕組んだ面も多々あろう。されど、それを抜きにしても、僕は彼の音楽は、今でも心に残る音楽だと思っている。

 僕は昔からキーボード系の音楽が好きだったので、当時のシティ・ハンターのエンディング"Get Wild"にすぐにはまってしまった。吸血鬼ハンターDの劇伴をやっていることも後で知って、サントラをよく聴いた。TM NetworkからTMN、そしてglobeと、リアルタイムで彼の楽曲を聴いてきた。今でもglobeの"Departures"は僕にとって、当時の思い出と共にかけがえのない曲だ(残念ながらトランス系・・のようなものに移行する頃に聴かなくなっていったのだが)。

 要は僕は今でも小室の楽曲は好きだ、というだけのことなんだが・・・歌、音楽というのはそういうパーソナルな形で個々のファンの想いの中に生き続けるものだと思う。したがって、このニュースに付随する、とってつけたようなマスプロ・メディアの浅薄な産物的批判というのは、いかにもステレオタイプ的発想でしか無く、単に評する人が当時の小室の楽曲を好きではなかった、という事実以上のものはそこにはないだろう。もしそうではなく、当時の小室ファミリーのブームのほとんどが、本当にメディアにのせられただけのものだとしたら、そういう音楽しか求められない音楽ファンという問題を取り上げるべきだ。

 思うに、メディアから飽きられないアーティストは結局のところ偉大なるマンネリズムだと思う。同じ事をしてもらえると安心できるという域まで達し、かつ同じようなことをし続けられるアーティストは、そこそこの人気を保ち続けるだろう。そういうタイプの音楽ができなかったところが小室の不幸だったのだと思う。
posted by おだまさ at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 気になるコト文系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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