2004年12月31日

風の陣 [大望篇]


風の陣[大望篇]風の陣 [大望篇] (高橋克彦、PHP文庫)


蝦夷出身でありながら、大和朝廷において異例の出世を遂げた男、牡鹿嶋足の生き様を描く「風の陣」の第2作目(参考までに、1作目[立志篇]短評へのリンク)。[立志篇]において藤原仲麻呂の朝廷での支配を決定づけた"橘奈良麻呂の乱(詳しくは「よろパラ〜文学歴史の10〜日本史用語の基礎知識」を参照)"以降の物語である。

物語はこれまで同様、奈良の都で展開する。藤原仲麻呂は恵美押勝と名を改め、皇族との強固な結び付けで専制政治を引いて行くが、彼の傀儡である淳仁天皇と先帝である孝謙上皇との不仲、孝謙上皇とその寵愛を受ける怪僧道鏡に実権が移るに連れ、体制の崩壊を焦り軍事クーデターを企てようとして失敗、逆に近江の地で斬殺される"恵美押勝の乱(参考:前記サイトの関連ページ)"の終焉までを描く。

この物語も高橋克彦氏の同様の他の著作(「炎立つ」、「天を衝く」等々)同様、蝦夷の心を持つ若者を主人公に据えているが、他と異なっているのは、牡鹿嶋足が自らの信義に沿って行動するとき、それが朝廷のためには為っても蝦夷のためにならない、という構図である。すなわち、彼は内裏に仕えており、上司は武人として彼が尊敬やまない坂上苅田麻呂であるが、その職を忠実に貫こうとすると、それが朝廷の蝦夷支配を肯定する方向に必然的になってしまうのである。このことが根本原因となり、蝦夷を影で支える物部一族の策士・物部天鈴と嶋足の仲違いがしばしば描かれている(というより、嶋足が天鈴に一方的に"蝦夷の心を試され"、誹謗されるパターンが多い)。もちろん、それは天鈴が嶋足に自分たちの夢をかけているからこそ、であるが。

他の物語の主人公は、己の信義と蝦夷の幸いとが一直線に結びついていた。従って迷うことなく自分に忠実に生き、そして死んでいくことができた。嶋足は、故に不幸な運命の主人公であると思う。彼の目的は蝦夷を、陸奥を朝廷から護るためだが、そのために内裏をうまく利用するということが、時として彼自身の武人としての信義を否定せざるを得ない役回りであるのだから。その不幸は、彼が遂に陸奥守として赴任できなかったという避けがたい物語の結末を想起すれば、一層際立つことになる。例えば「火怨」で、アテルイが、武士としての道を外してまでして蝦夷を勝利に導くことは蝦夷の死を意味する、と断言することと非常に対照的だ。それ故に、この「風の陣」は、他の陸奥シリーズとは異なる面白さがあると思う。

この[大望篇]のラストで、"恵美押勝の乱"平定に功を挙げた嶋足は十一階位という途方もない階位の引き上げにより従四位下という地位を遂に手に入れる。その一方、内裏のあまりに恣意的な政治を見せつけられるや、道鏡の追い落としにしくじって落胆している天鈴に、
「今日から俺は蝦夷に戻る。内裏にはもはや忠誠心などない。この地位を上手く用いていく」
と告げ、天鈴を驚喜させる。この宣言は、内裏を、というより坂上苅田麻呂に対する武士としての忠義の心を殺し、蝦夷のために己が生をかけていく、という意味にも取ることができる。であるなら、彼の武士としての信義と蝦夷としての信義が衝突する場合、彼は一方の自分を殺すことになる。

嶋足の妻となる鬼道の才を持つ女性・益女が観た嶋足の先行きは、泣きながら人を殺めるのだという。それもまた、彼の武士としての信義と蝦夷としての信義の分裂を示唆しているのではないか。

最終巻[天命篇]が待ち遠しい。

余談になるが、本作では、「火怨」での重要な登場人物が二人登場する。一人は伊治鮮麻呂であり、18才の青年である。もう一人が、アテルイ宿命の相手、坂上田村麻呂であるが、まだ7才の少年である。嶋足、そして天鈴の夢が潰えた後に語られる彼らの物語をもう一度読みたくなってしまう。

追記(2005年2月7日)

再読したのだが、やはり面白い!。

日本の歴史の中での"蝦夷"の中央専制に対する抗いを描いた物語という枠組みでは、陸奥三部作は、平安時代の「火怨」、鎌倉時代(の夜明け前)の「炎立つ」、戦国時代の「天を衝く」となるのだろうが、登場人物の連続性からすると、やはり「風の陣」〜「火怨」〜「炎立つ」を挙げたくなる。

嶋足、天鈴、そして鮮麻呂のトリオが「風の陣」〜「火怨」の一つの縦糸となっているから、読み進める順序として「火怨」-<「風の陣」とすると、一層楽しめるのでは。

ロト三部作と同じ。I、IIのあとにIIIをやらないと。
タグ:高橋克彦
posted by おだまさ at 01:11| Comment(0) | TrackBack(1) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/1439046

この記事へのトラックバック

『風の陣』
Excerpt: 風の陣 立志篇PHP文庫 風の陣[大望篇]PHP文庫 風の陣[天命篇] 高橋克彦
Weblog: ポン柑
Tracked: 2005-01-03 00:03
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。