2006年03月12日

星座泥棒

 ウルトラマンマックス37話。監督八木毅、脚本小林雄次。最終エピソード直前のマックスの中で、ファンタジックな佳品だった。シンプルなピアノのBGMと星空の美しい映像がストーリーを盛り上げていた。シナリオの縦糸は、マックスでも何度か見られたプロット、行き過ぎた文明への警鐘としての異星人(怪獣)の襲来、であるが、その線として見るのではなく、ミズキを通して、星空を愛する人類、と同時に文明、夜を圧する灯火という形で星空を消し去ってしまう矛盾という横糸で見るべきだろう。星空を消し去るその灯りは、平和であることの象徴でもあるというもう一つの側面を持っている。

 星空を無くした現状を肯定するのではなく、かといってそれを悲観するのでもなく、太古から続く星空への憧憬を持ち続けることこそ、「いつまでも皆でいられる」こと、平和を保ち続けることにつながっていく、ということではないか。

 そういう大局的なプロットの中に、「かけがえのない思い出」を描くことで、エースパイロット・ミズキを描き出している。パイロットになる原点は星空への憧れにあったという彼女が、パイロットとなって夜空を飛行したときに、近づいた星空と共に眼下に広がる街の灯りに安らぎを覚えた(のだろう)という描写はステキだった。それは彼女がUDFの隊員となって地球を護りたいという想いと一直線につながっている。

 個人的なエピソードが描かれることの少ないシリーズにあって、これまでにもカイトに対して(あるいは任務に対して?)複雑な心境を想像させる描写のあるミズキだが、今回もそれとつながる感じで、ミズキの純な思いが彼女の素敵な表情に顕れていた。そういう意味でも嬉しい作品だったと思う。ラスト、美しい星空と街の灯火をバックにダッシュバードでパトロールするミズキとカイト。こんなに素敵なデートコースはそうはないだろう。

 サドン星人とケプルスの襲来については、どうしても細かい点が気になってしまうので、ミズキの視点から星座泥棒のことを考えてストーリーを味わうのが良。

 脚本を担当した小林雄次さんのブログ(タイトルがずばり星座泥棒)にも、今回の作品の脚本についての思いが記されている。オリジナルのストーリーは、どのような形だったのだろう。

 さて、いよいよ次週からの最終エピソード前後編。今回のエピソードが係わっていくのか、カイトとミズキはダンとアンヌに再来となるのか、気になるところ。
posted by おだまさ at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 気になるコト文系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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