2004年07月19日

風の陣 [立志篇]


風の陣立志篇
風の陣 [立志篇] (高橋克彦、PHP文庫)



蝦夷としては、朝廷で異例の出世を遂げた男、道嶋嶋足を軸に、蝦夷と朝廷の間のドラマを描く一作目。高橋克彦氏がこれまで描いてきた蝦夷の物語「炎立つ」、「火怨」よりもさらに前の時代の話だ。

「炎立つ」で安倍貞任の守護神として登場した蝦夷の英雄アテルイ、その彼の生き様を描いたのが「火怨」ならば、「火怨」中で、蝦夷を影で支える物部の頭領、物部天鈴をして、
「蝦夷にとっては口にするのも憚られる名となったが、いつかは分かる。あの男がなにをのぞみとしていたかがな。」
と言わしめた男、道嶋嶋足が本編の主人公となる。

時は、「火怨」の時代を遡ること約20年。道嶋嶋足23才、物部天鈴17才。嶋足に対して朝廷側のキーマンが、「火怨」でアテルイの宿敵となる坂上田村麻呂の父、坂上苅田麻呂である。この辺りの人物配置も、「火怨」既読の読者には、別れた登場人物に再会する思いがして堪らない。

物語は橘奈良麻呂の変という朝廷の権力闘争を軸に進む。従って、舞台は、これまでの作品と異なり、奈良の都で展開する。

主人公、道嶋嶋足は、まさに蝦夷の心意気を持つ主人公だが、「炎立つ」の藤原経清や「火怨」のアテルイとは、少し感じの異なるキャラクタだ。それは、物語上、どうしても彼が自発的にストーリーを組み立てるのではなく、坂上苅田麻呂や物部天鈴といった脇役に「振り回されて」しまう役どころであったから、かもしれない。作品中には、「火怨」の冒頭で衝撃的な事件を企てた伊治鮮麻呂も弱冠13才の若者として登場する。嶋足と鮮麻呂の2人を評して物部天鈴が
「おまえは上の者のために働く。鮮麻呂は下の者のために生きている。」
と語るが、まさに嶋足の性格づけを的確に表現しているように思う。

かといって、彼が回りに言われるがままの主体性無き人物というわけでは毛頭ない。嶋足は陸奥守となって陸奥に戻り、朝廷から陸奥を守ることを夢見ている若者だ。物語後半、嶋足は(蝦夷として、武士としての)筋を通すために、とてつもない出世を果たす機会を逸するが、そのことが逆に自分の望みを果たすために自分が何を成すべきかを思い知るという展開が面白い。それだけに、続編の「大望篇」がとても楽しみである。そして、にもかかわらず嶋足の夢が敗れ去るその物語にも興味がある。

なによりも、彼らのドラマが端緒となって、「火怨」そして「炎立つ」という東北叙事詩が展開される、その始まりの物語なのだ。正史に描かれないストーリーを想像力でもって読者に示してくれる作者の力量にあらためて感謝、である。


追記:
「風の陣 立志篇」の続編である「風の陣 大望篇」についても、短評をアップしているので、よろしけれご覧いただきたい。

風の陣 [大望篇]
ラベル:高橋克彦
posted by おだまさ at 22:32| Comment(0) | TrackBack(1) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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