昔のまま、まるでずっとそこで生活をしていたかのように変わらずある隠宅の様子を見た主人公は、逃げ隠れる人生をやめ、いっそ清々しく生きる決心をする。それはおそらく、無い物を無駄に求める人生ではなく、自分の中に在るものを大切にする生き方ではないだろうか。
それはさておき、本書にとどまらず、作者の他の作品、エッセイを読むと、ひどく安心する、ほっとすることがある。人は誰も、白、黒で割り切れるものではない、ということに、である。作者の本の解説によく出てくるこの意味の言い回しは、四十の半ばを迎えた僕にとって、他人との関わり合いの中で、一つの真実として、存在している。
それは、本書のテーマとしては、人は誰しも他人には知られない幾つもの面を持つ、ということでもあるが、人は誰しも理不尽な存在であり、善か悪か、正しいか間違っているかだけではない(それでいいのダ)、ということを僕に再確認させてくれるのである。そのことを伝えてくれる作者に、僕はひどく安心をしているのだ。
ラストはある種、予定調和的に幕を閉じるが、それで良かったと思う。これからも幸せな人生を送るであろう二人の旅立ちは、しかし、爽やかに、という感じではなく、どこか寂し気なハッピーエンドに思えるのは気のせいだろうか。