2004年03月16日

総門谷R 鵺篇


総門谷Rぬえ
総門谷R鵺(ぬえ)篇 (高橋克彦、講談社文庫)



総門谷Rシリーズの2作目、というか、総門谷シリーズの3作目?でも僕的には「総門谷」と「総門谷R」とは別シリーズなので、前者ということになる。

なぜ別シリーズと思うかというと、主人公たる顕のキャラクターの違いを感じるから。「総門谷」の青年"霧神顕"と「総門谷R」の少年"和気顕"は、確かに同じ特徴を持つキャラとして描かれているが、その魂が違うように思える。これは小説的都合、なのかもしれないが、「総門谷」に現れるプロット的には和気顕の方がふさわしいと思っている。

これは、僕の中で「総門谷」の評価が余り高くないことも影響しているかもしれない。それよりは、「総門谷R」の方が面白く感じている。

さて、本作「鵺篇」だが、何が熱いと行って、無き空海を慕い続ける弟子達の思いが熱い。信仰心とともに思慕の念があふれている。特に小説前半、復活したが記憶の戻らない若き空海を見た老いた遍明がよろよろと膝をつき涙するシーンが象徴的だ。

後半の「高野怨魔戦の巻」でも高野山で敵を迎え撃つ裏高野の僧侶達がやはり復活した空海を見知って号泣し、風天(久遠)が「いい弟子を持ったな」とつぶやくシーンも、また熱い。

こういうシーンが印象に残っているのだが、本編全体も、パターン的なものがあるとはいえ、流石高橋克彦、読ませてくれる。ラストで登場する"ぬえ"がインストールされた鉄戦士などなかなかビジュアル的だ。話がずれるが星野之宣さんの「ヤマタイカ」の後半で、四天王が起動させる奈良の大仏をちょっと思い出した。あのシーンも、それまでの日本民族の起源に対する自説展開と違って、(いい意味で)マンガ的・・・と思ったものだ。

ストーリーの要となる人物はもう1人、小野篁。仏に選ばれた人物でありながら、そうと悟らず総門側に(疑問を抱きつつ)与し、最終的に顕の成長を助けるという厳しい役回り。公憤あふれる若者だが、ラストの高野での戦さまで使命が見えない感じで、そうであればこそ、ラストの涙も納得できる。もう少し、選ばれし使命のことをはっきり書いた方がよりわかりやすかったとは思うのだが。

総門一派がなぜ暗躍しているのか(あれだけの力を持っているのに?)、彼らに敵対してる神々がなぜ沈思しているのか?というところは、ちょっとクエスチョンなのだが、父たる総門と息子たる顕との戦いと考えて、一応納得。

永遠の戦い、というか終わり無き戦いのはずで、全7部作らしいけど、どのように決着させるのか、フォローしていきたいシリーズになっている。

余談だが、個人的に魅力ある師が消え、そして復活するという設定で、僕がどうしても思い出してしまうのが、平井和正さんの幻魔シリーズ。これは僕が中高時代に最もはまった小説なので、僕の読書感の至る所に出てきてしまう。「幻魔大戦」シリーズや「真幻魔大戦」シリーズでは、主人公東丈はストーリー半ばにして姿を消してしまう。しかし、その存在が、例えば思い出や、ある人物の心の中に蘇ってくるというシーンが多々あるし、なによりリアルタイムで刊行されていた「真幻魔大戦」で東丈の帰還を何よりも願っていたのは読者たる自分自身だったので、こういう永遠の別れを成したはずの人と再会するという感動が、なぜか妙に胸にしみてしまう。

そう言う意味では、東丈の化身の1人である役小角が、本作では妖術使いのエロ爺いというところが、なんというかひじょーにツライ。
ラベル:高橋克彦
posted by おだまさ at 01:04| Comment(0) | TrackBack(1) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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